2008年5月25日 (日)

2008 5/25(日) 22:09

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
>また、当方の「確認事項」に答えていただければ、何が枝葉末節か、否かも、明らかになりますし、『「若不生者不取正覚」の「生」に、不体失往生の意味もあることを仰った、親鸞聖人のお言葉が有るのか、無いのか』の答えも自ずと明らかになって参ります。
 
 
 何を勘違いしておられるのでしょうか?
 それとも、わざと無視されているのでしょうか?
 
 私が最も問題にしているのは、議論のルールについてです。
 
 
 
「相手の質問を無視して良い」という貴方の主張を通されるようでは、議論自体が進まないと申し上げているのです。
 
 私の質問に答えることが、そんなに都合の悪いことなのでしょうか?
 ここまで返答を拒絶される理由が分かりません。
 
 
 私は、きちんと返答しているのに、「確認」まで求められる。
 貴方は、最初から返答さえしない。
 
 不公平ではありませんか?
 
 残念ですが、貴方には、まともな議論をする意思がないようです。
 
 仕方がありませんから、そろそろ結論を出すことに致しましょう。
 
 
 
 そもそも貴社の誤りは、不体失往生の根拠として、「若不生者不取正覚」の八字を使ったことでした。
 
 親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは本願成就文の「即得往生住不退転」の八字です。
 
 ビデオの製作者は、本願成就文も、本願文も同じようなものだから、どちらでも良いだろうと思われたのかも知れません。
 
 もし私が製作者だったら、迷わず「即得往生住不退転」を使ったでしょう。
 
 
 
 親鸞聖人が、不体失往生の根拠として、「若不生者」ではなく、「即得往生」を使われた文章を紹介します。
 
 
「即得往生」は、信心をうればすなわち往生すという、「すなわち往生す」というは、不退転に住するをいう。「不退転に住す」というは、即ち正定聚の位に定まるなり、「成等正覚」ともいえり、これを「即得往生」というなり。→唯信抄文意
 
 即得往生は、後念即生なり。即時に必定に入る。→愚禿抄
 
 
 
 当然ながら、体失不体失往生の根拠とされる、口伝抄に描かれている法然上人のお言葉も「即得往生住不退転」の八字を出されており、「若不生者不取正覚」はどこにもありません。
 
 親鸞聖人は「若不生者不取正覚」を当益として、「即得往生住不退転」を現益として解釈されています。
 
 ですから、どちらでも良い、という訳にはいかないのです。
 
 親鸞聖人が、不体失往生の根拠とされたのは、「即得往生住不退転」であって、「若不生者不取正覚」では無かったのです。
 
 
 
 確認事項に答えるまでもなく、貴方の返答から、『「若不生者不取正覚」の「生」に、不体失往生の意味もあることを仰った、親鸞聖人のお言葉は無い』ということが、自ずと明らかになりました。
 
 しかし、仮に、「若不生者不取正覚」に不体失往生の意味があると誤解していたとしても、親鸞聖人の説き方を理解されていれば、迷わず、「即得往生住不退転」の八字をビデオで描いていたでしょう。
 
 親鸞聖人が不体失往生を論じられる時は、常に「即得往生住不退転」を根拠とされたのですから。
 
 
 
 この場面で、「即得往生住不退転」ではなく、「若不生者不取正覚」を思いついたというのは、ビデオ製作者の勉強不足であって、貴方の責任では無かったのかも知れません。
 
 貴方は、本願成就文の重要性は理解されているようですので、ビデオ製作者に伝えておいていただきたく思います。
 
 
 
>自身が書き記されたことです。そんなに「確認」に困惑する返答だったのでしょうか。
 
 まったく困惑などしておりませんよ。貴方こそ、私の質問に、なぜ困惑されるのでしょうか?
 
 私が書いたことだと認識されているなら、御自身で確認されたら良いでしょう。4月17日のメールの50行目から、明確に返答してあります。
 
 
 
>アニメの「浄土宗云々」につきましては、後日、改めてご挨拶する機会もあると思います
 
 これについては、間違いを認めて下さったようですね。わざわざ御礼に来ていただくまでもありません。ビデオ製作者の勉強不足もあるようですので、貴方の責任ではないと思います。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (64) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

2008 5/26(月) 19:11

田中様

(1)『本願成就文』の中に「死後のこと
      が説かれている処」がありますか。
   〔貴方の返答〕
    ★『本願成就文』そのものには、死後
      のことは説かれていないと考えて良
      いと思います。

(2)親鸞聖人の主著『教行信証』で、貴
      方の主張の文証を挙げて下さい。
   〔貴方の返答〕
    ★教行信証のどこにも、「若不生者」
      の「生」に「不体失往生」の意味も
      あると仰っている文証が存在しない
      ということが、私の主張を裏付ける
      文証です。

(3)貴方は、『「本願成就文」を、「本願
      文」三十六文字の総てを解説された
      ものという考えには反対です』と仰っ
      た。
      それでは『本願成就文』は、「本願
      文」のどこまでの解説で、「本願文」
      のどの部分が解説に入らないのか、明
      示してください。
   〔貴方の返答〕
     ★何文字目から何文字目というような、
       文字数で尋ねられても、私には分か
       りません。
     「本願成就文」は、「本願文」の何か
      ら何まで総てを解説したものだとい
      う貴方の考えには反対だという意味です。

以上の「貴方の返答」の確認を、三度重ねてお願いして、この度、「確認事項に答えるまでもないこと。私の書いたことだ」と認められましたので、話しを進めたいと思います。

『「横超」とは、すなわち願成就一実・円満の真教・真宗これなり』 
                               (教行信証信巻)

親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願の願意を明らかにするのは、釈迦の説かれた『本願成就文』しかないと、『本願成就文』の教えを、「一実・円満の真教・真宗これなり」と言われています。
貴方は、その『本願成就文』の中に、弥陀の「若不生者不取正覚」のことは説かれていない、と仰る。
ならば『本願成就文』以外の、「一実・円満の真教・真宗」の教えを示して下さい。

貴方の仰るような「若不生者不取正覚」抜きの『本願成就文』ならば、親鸞聖人は「一実・円満の真教・真宗これなり」とは言われなかったでしょう。
親鸞聖人は「教行信証」はじめ、『本願成就文』以外はどこにも説かれていません。
「一実・円満の真教」以上の教えがあれば、ご教示下さい。

『それについて三経の安心あり。その中に「大経」をもって真実とせらる。「大経」の中には第十八の願をもって本とす。十八の願にとりてはまた願成就をもって至極とす』
                                       (改邪鈔)

覚如上人も、『本願』は「本」ではあるが、「至極」は『本願成就文』の教えである、と教えられていますが、その『本願成就文』に「若不生者不取正覚」が説かれていないと、貴方は仰る。そんな『本願成就文』なら「至極」の教えと覚如上人が言われるはずがないでしょう。
「至極」以上の教えを示して下さい。

『かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」等の文をもって依憑とす、このほか未だ聞かず』         (改邪鈔)

また、覚如上人は『本願成就文』の教えのみが真実信心獲得の依憑であると教え、「このほか未だ聞かず」と仰っています。『本願成就文』の教え以外説かれなかった親鸞聖人だから当然でしょうが、貴方はどんな教えを聞いていられる方ですか。

当方は何も、「勘違い」も「無視」もしていません。専ら、貴方の質問に答え、真の親鸞聖人の教えを明らかにするためにのみ努めているのです。ご安心下さい。

(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (91) | トラックバック (0)

2008年5月31日 (土)

2008 5/28(水) 13:11

田中様
 
 
 お仕事が色々と大変なようで、心の安まる時もない毎日と、お察し致します。
 
 さて、お互い多忙のなか法論し、経緯をすべて公開している目的は、親鸞聖人の真意を明らかにする一つのため以外にありません。お互い、それは共通の認識で一致しています。
 
 弥陀の本願の「若不生者」の「生」に、「不体失往生」の意味があることを仰った親鸞聖人のお言葉が、有るのか、無いのか。これ一つを鮮明にして、アニメをご覧の皆さんに、親鸞聖人の正しい教えを知って頂くためです。
 そのために、貴方のブログに弊社のホームページからリンクをはっています。
 ところが、この目的と全く無関係の見苦しいコメントが、最近増えてきました。ご存じのはずですが、放置されているようです。  
 そこで本来の、貴方と弊社で同意した趣旨にかなうよう、当方で別にブログを作成し、それを、弊社ホームページからリンクするように変更したいと思います。

 もちろんお互いのやりとりは漏らさず掲載しますので、「アニメを見ている人に、知って頂きたい」という貴方には、何の不都合もないはずです。
 
 ご了承ください。
 
 
(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (23) | トラックバック (0)

2008 5/28(水) 23:18

(株)チューリップ企画 サービス課 山田様


 了解いたしました。
 コメントまで管理する余裕がなく、また、私の判断で勝手に削除するのは不公平になると思い、放置しましたが、ご不快に思われた点、お詫び致します。

 下記の文章ですが、当方のサイトへの掲載を希望されますか?

(略)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 5/30(金) 09:43

田中様
 
 
 別ブログ立ち上げの件、了解を頂き有難く思います。
 
 さて、当方の先便の文章は、掲載して頂くほうが、何かと誤解を避けるのではないでしょうか。
 その際、田中様の返信も一緒に掲載して頂き、お互い了解の元に行われていることを、告知したいと思います。
 
 なお当方のブログを、以下の通り開設しました。
 今後、このブログにて経緯を公開いたします。
  http://shinjin.info/
 
 アニメをご覧の方々や皆さんに、親鸞聖人の真意をお伝えする以外に、我々の目的はないことを、再度確認したいと思います。
 
 
(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (64) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

2008 6/4(水) 23:43

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
 前回のメールで、私は、「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と結論づけました。
 
 貴方の返信は、私の主張を全面的に支持する内容でしたので、ようやく結論が出たものと思います。
 
 
 
 貴方も認められたように、浄土真宗で「至極」と言われる教えは本願成就文しかありません。
 
 それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです。
 
 だから親鸞聖人は、不体失往生を語るとき、常に「本願成就文」を根拠とされ、「本願文」を根拠とされたことはありませんでした。
 
 
 
 ビデオ製作者の方は、その浄土真宗の常識を知らず、「若不生者不取正覚」を不体失往生の根拠としてしまうという誤りを犯されました。
 
 浄土宗の開祖を間違えられるような方ですから、不勉強だったのかも知れません。ビデオ製作のプロでも、仏教のプロとは限りませんから仕方ないことだと思います。
 
 貴方から、本願成就文の重要性を、そのビデオ担当者に、よくよくお伝え頂きたく思います。
 
 
 
 親鸞聖人は、「若不生者不取正覚」を当益として解釈されています。これは貴方も認められたことです。
 
 その、「若不生者不取正覚」に誓われた当益が、本願成就文のどこに説かれているかという御質問ですが、本願成就文に死後のこと(当益)が説かれているかという御質問には、4月17日に既にお答え致しました。
 
 
 
「本願成就文」は「本願文」三十六文字の総てを解説されたものだという貴方の主張に基づけば、本願成就文にも死後のこと(当益)が説かれていなければなりません。
 
 ところが、貴方は、本願成就文は「この世の救い」以外に説かれていないと断言されました。仰っていることが矛盾しています。
 
 
 
 いずれにしましても、私のお尋ねしたかったことには結論が出ましたので、この件は終わりにさせて頂きたいと思います。
 
 
 
 次に、善慧房証空が、「念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていく」と説いていた根拠についてもお聞きしたく思いますが、仕事は忙しさを増すばかりで、今までのように長々と議論をするつもりはありません。
 
 根拠があるなら、その根拠をストレートに挙げてください、無いなら無いと答えて下さい。曖昧な返答や、質問を質問で返すような返答の場合は、「無い」という返答だと判断して、それ以上議論するつもりはありませんので、悪しからずご了承ください。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

2008 6/5(木) 15:04

田中様
 
 
平成20年4月18日から、三回も「確認」した弊社の「確認事項」で貴方は、こう認められています。
 
『「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です』
『何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。「本願成就文」は、「本願文」の何から何まで総てを解説したものだという貴方の考えには反対だという意味です』
 
ところが、平成19年12月18日の貴方のメールでは、
「本願を信ずる心は、阿弥陀仏より賜る心ですから、本願文の一部を疑い、残りを信じるということは無い」とも、貴方は仰っています。「本願文」を分断されますか。
 
また「確認事項」で、貴方は、
『本願成就文』の中に、『本願文』の「若不生者不取正覚」のことは説かれていない、と認められています。
 
ところが今回、
「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と、貴方は仰った。
では、「不体失往生」の根拠は「本願文」にはないのですか。親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はないのですか。
 
そしてまた、『何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。「本願成就文」は、「本願文」の何から何まで総てを解説したものだという貴方の考えには反対だという意味です』
と言われる方が、今どうして、「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」などと言えるのですか。
 
一体、『本願文』の「若不生者不取正覚」と、『本願成就文』の「即得往生住不退転」とは、どんな関係ですか、違った意味ですか。お尋ね致します。
 
「貴方の主張を全面的に支持」などとんでもない誤解。「結論が出たから終わりにさせて頂きたい」どころではありません。これからが「若不生者不取正覚」の仏意を開顕しなければならぬ本番です。忙しさは増すばかりでしょうが何かの縁、真実開顕にお互い努めましょう。
 
 
(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月18日 (水)

2008 6/18(水) 10:55

田中様
 
平成20年6月5日、貴方の確認されたことに就いてお尋ねしてから、すでに10日以上も経ちました。
 
(1)「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」
と貴方が仰ったので、
では、不体失往生の根拠は『本願文』にはないのですか。
親鸞聖人の教えの根拠も『本願文』にはないのですか。
 
(2)『本願文』の「若不生者不取正覚」と、『本願成就文』の「即得往生住不退転」とは、どんな関係ですか。
 
他にも、お尋ねしたことはありますがまず、本題から明らかにしなければなりません。
今、問われているのは、
「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれることだけ」と説かれたのが親鸞聖人か、否か、ということであることは万々ご承知のはずであります。
ご多忙の上、種々ご都合もあるでしょうが返答お願い致します。お待ちしています。
 
 
(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/18(水) 23:03

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
 私は、貴方からの返信を1ヶ月以上お待ちしたことが二度もありましたが、貴方は2週間も待てずに催促でしょうか?
 
 
----------------------------------------------------------
★すり替えですか?
 
 
>「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と、貴方は仰った。
>では、「不体失往生」の根拠は「本願文」にはないのですか。親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はないのですか。
 
 
☆不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではない。
 
 これがどうして、
 
☆親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はない
 
 
 このように変わってしまうのでしょうか?
 
---------------------------------------------------------- 
★以下は、反論がありませんでしたので、認められたのですね?
 
 
>>「本願成就文」は「本願文」三十六文字の総てを解説されたものだという貴方の主張に基づけば、本願成就文にも死後のこと(当益)が説かれていなければなりません。
 
>> ところが、貴方は、本願成就文は「この世の救い」以外に説かれていないと断言されました。仰っていることが矛盾しています。
  
----------------------------------------------------------
★以下は、返答がありませんでしたので、根拠なしと判断します。
 
 
>> 次に、善慧房証空が、「念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていく」と説いていた根拠についてもお聞きしたく思いますが、仕事は忙しさを増すばかりで、今までのように長々と議論をするつもりはありません。
 
>> 根拠があるなら、その根拠をストレートに挙げてください、無いなら無いと答えて下さい。曖昧な返答や、質問を質問で返すような返答の場合は、「無い」という返答だと判断して、それ以上議論するつもりはありませんので、悪しからずご了承ください。
 
----------------------------------------------------------
★以下は本文
 
 
>「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と、貴方は仰った。
>では、「不体失往生」の根拠は「本願文」にはないのですか。親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はないのですか。
 
 
 これは私が貴方に、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、質問しても、貴方が最後の最後まで返答を断固として拒絶し、無視し続けられた質問です。
 
 親鸞聖人が『即得往生住不退転』を不体失往生の根拠とされたことは、反論の余地がないでしょう。
 
 では、『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 
 
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
 
 なお、口伝抄では、不体失往生の根拠として「至心信楽」が使われています。本願文で不体失往生に対応する部分を、あえて挙げよと言われるのであれば、この言葉と考えるべきでしょう。
 
 
 
>一体、『本願文』の「若不生者不取正覚」と、『本願成就文』の「即得往生住不退転」とは、どんな関係ですか、違った意味ですか。お尋ね致します。
 
 
「即得往生住不退転」で不体失往生した人だけが、「若不生者不取正覚」と体失往生できますから、密接不離な関係がありますが、イコールではありません。
 
 貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
 
 前回のメールでも書きましたように、「若不生者」については結論が出ていますし、「念仏さえ称えれば」についても、根拠がないことが、今回、明白になりました。私の質問には無視の姿勢を貫かれるようですし、これ以上の議論は無意味でしょう。
 
 もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
 それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
 
田中

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月19日 (木)

2008 6/19(木) 17:25

田中様
 
 
この度、貴方は、
『親鸞聖人の不体失往生の根拠を「本願文」で、あえて挙げよと言われるのであれば、口伝抄に、不体失往生の根拠として「至心信楽」が使われています。このお言葉と考えるべきでしょう』
と答えられた。口伝抄の根拠を示して下さい。
 
既に根拠を提示しましたように親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。それは貴方も認めて、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」(平成20年6月5日)と言われています。
 
親鸞聖人の教えは、イコール「本願成就文」の教えであり、「本願成就文」の教えはイコール「本願文」ではありませんか。その「本願文」を解説された「本願成就文」に釈尊が、「若不生者不取正覚」だけを抜かして説かれるはずがありません。
 
親鸞聖人の不体失往生は「本願文」に説かれている。だが「若不生者不取正覚」ではない、と貴方は仰る。
 
弊社が今日まで返答を拒絶してきたように貴方は仰るが、遣り取りしたメールの最初から、よくよくお読み頂ければ、当方は始めから、「信楽」(不体失往生)できるのは「若不生者不取正覚」の誓いによるのだと、一貫して主張してきたことが十分お分かり頂けると思います。
 
「若不生者不取正覚」の「生」は、「死んで極楽に生まれる」ことだけだと言う貴方の主張が、親鸞聖人の教えなのか。
「不体失往生」(信楽)させ、「体失往生」(死んで極楽に生まれ)させると言うお誓いなのか。
この一点、今こそ、どんなに多忙を極めても、明らかにしなければなりません。
 
そもそも、ことの発端は、実にここに有り、今に至るも明らかにされていない問題ですが、この一点さえ開顕されれば、あとは霧散することばかり。論ずる時間は無駄でしょう。
ご返答をお待ちしています。
 
 
(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月20日 (金)

2008 6/20(金) 22:10

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
 貴方から、『議論の続行の意思は無い』という返信を頂きました。
 日本語を読めないはずがありませんから、御自覚があると思います。
 
 貴方に議論続行の意思がないのであれば、返事はしないと申し上げましたが、念のために、貴方から議論を放棄されたことを確認いたします。
 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。

>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
----------------------------------------------------------
★死後の往生を否定したチューリップ企画
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★一応、答えておきます
 
 
>この度、貴方は、
>『親鸞聖人の不体失往生の根拠を「本願文」で、あえて挙げよと言われるのであれば、口伝抄に、不体失往生の根拠として「至心信楽」が使われています。このお言葉と考えるべきでしょう』
>と答えられた。口伝抄の根拠を示して下さい。
 
 
 ビデオを製作する際に、口伝抄は読まれなかったのでしょうか?
 
『至心信楽の帰命の一心、他力よりさだまるとき、即得往生住不退転の道理を、善知識におうて、聞持する平生のきざみに治定するあいだ、この穢体亡失せずといえども、業事成弁すれば、体失せずして往生すと、いわるるか。』
 
 
 何度も申し上げましたように、不体失往生の根拠は「即得往生住不退転」と答えるのが適当ですが、あえて「本願文」で挙げよと言われた場合、「至心信楽」以外の言葉は見当たりません。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月21日 (土)

2008 6/21(土) 11:58

田中様

◆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
◆貴方は、「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールと仰るのですか?イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。

貴方の、この問いや疑問に答える為に貴重な時間を費やしているのではありませんか。それなのに「議論の続行の意思は無いから返事はしない」とは、一体、どう言うことでしょうか。極めて重大な問題をウヤムヤにしたままでも、そんなに急いで打ち切られたいのならば、簡単な反問に答えてからにして下さい。

■『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
■貴方は、「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰るのですか? イコールでないと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。

チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは一度もないことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。
提示された『口伝抄』の御文は、"あえて"も"考えるべきでしょう"もありません。全く貴方の主張の根拠にはなりません。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/21(土) 20:04

(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
 
 
 
>それなのに「議論の続行の意思は無いから返事はしない」とは、一体、どう言うことでしょうか。
 
 
 日本語が読めないのでしょうか?
「貴方に議論の続行の意思が無いから返事はしない」と書いたはずですが。
 
 貴方が「議論の続行の意思は無い」と意思表明されたことを、お忘れのようですので、再度、引用いたします。
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★結局、チューリップ企画の主張には根拠がありませんでした。
 
 
『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
 
「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った親鸞聖人の根拠があるかどうか、私は分かりません。
 
 
 探せば有るかも知れませんから、御自分で探されたら良いでしょう。
 これらの根拠が存在しても、しなくても、
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がある
 
☆「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰った親鸞聖人の根拠がある
 
ということにはなりませんので、関係ないことです。
 
 これで反問にも答えました。
 
 というわけで、6月18日の質問に答えられなかった貴方が議論を打ち切られたということをお忘れなく。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月22日 (日)

2008 6/22(日) 17:29

田中様

この度、貴方は、
▲「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
▲「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
と仰った。

こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。

★貴方が6月4日に、「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、『若不生者不取正覚』ではなく『即得往生住不退転』であった」と言われたのも、親鸞聖人の教えを知らずの、断言だったのですか。

★弊社のアニメの内容を、「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、親鸞聖人の教えの無知からの、貴方の無責任放言だったと認められるのですか。

「議論の続行の意思は無い」と意思表明したなど、とんでもないこと。貴方が勝手に決めたこと、事実無根も甚だしい。これ以上、いい加減なことは言わないで下さい。

(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/22(日) 21:14

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
「事実無根」などという事実無根の非難があるようですので、貴方が議論を放棄された証拠を、再度お送りいたします。
 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月24日 (火)

2008 6/23(月) 14:17

田中様

『「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていないから、「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
と言うのがチューリップ企画の主張だと、重ねて非難していられるから、今更とは思いますが、一応簡単に説明しておきましょう。

「真実信心うるひとは
 すなわち定聚のかずにいる
 不退の位にいりぬれば
 かならず滅度にいたらしむ」
     (浄土和讃)」

「不退の位にいりぬれば」とは、「若不生者不取正覚」の誓いにより不体失往生(信楽)すれば、「かならず滅度にいたらしむ」とは、必ず、体失往生(死んで極楽に生まれる)させられるのだ、と仰っているお言葉です。

不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。

『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、死後の往生の否定でないことは明々白々です。これでも分かられなければ何度でも詳述しましょう。

当方の問いに何の返答もなかったので、再度、お尋ね致します。
★貴方が6月4日に、「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、『若不生者不取正覚』ではなく『即得往生住不退転』であった」と言われたのは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

★弊社のアニメの内容を、「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったと認められるのですか。

★親鸞聖人の教えの総べてを説く『教行信証』には無いが(4月18日の貴方のメール)、『口伝抄』にあると貴方の主張の根拠として提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。どだい『教行信証』に無いものが『口伝抄』にあるはずないじゃありませんか。仰っていることが無茶苦茶です。
『口伝抄』に、それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

回答がなければ、「議論の続行の意思が無い」のは貴方になります。お待ちしています。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008 6/24(火) 01:03

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
 貴方が6月18日に議論を放棄されましたので、それ以降の質問にお答えする必要は無いと思われます。
 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、(6月23日)
 
 
『「教行信証」にも、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。(6月23日)
 
 
『阿弥陀如来は、「死後の往生」に正覚を懸けていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/24(火) 15:31

田中様

最近、突如始まった貴方の、「チューリップ企画は死後の往生を否定している」の非難に、みんな驚愕するでしょう。これほど明らかな事実無根の誹謗中傷に何の反論がいるでしょう。

▲貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
▲また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
▲「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
と仰った。

それでは貴方が6月4日に、これらのことが分からずして、
★『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』などと、どうして言えるのですか。無責任極まりないではありませんか。

★またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

★弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったと認められるのですか。

★親鸞聖人の教えの総べてを説く『教行信証』には無いが(4月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、貴方の主張の根拠として提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。どだい『教行信証』に無いものが『口伝抄』にあるはずないじゃありませんか。仰っていることが無茶苦茶です。
『口伝抄』に、それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

これらのお尋ねに今回も、一つとして回答がありませんでしたので、重ねて返答をお願い致します。
チューリップ企画は、『本願成就文』は『本願文』の一部の解説ではなく、総ての解説であり、『本願文』そのものと教えられたのが親鸞聖人と理解していることをお伝えしておきます。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月25日 (水)

2008 6/25(水) 00:47

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
 何度も、「死後の往生」を否定する記述をしながら、覚えておられないようですので、再度、証拠をお送り致します。
 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
☆『本願成就文』は『本願文』の一部の解説ではなく、総ての解説であり、『本願文』そのものと教えられた(6月24日)
 
☆『願成就』には、死後のことは説かれてない(3月25日)
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、(6月23日)
 
 
『「教行信証」にも、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。(6月23日)
 
 
『阿弥陀如来は、「死後の往生」に正覚を懸けていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★チューリップ企画が、死後の往生を否定したことは、過去のメールをご覧になれば誰でも明白です。 
 
 
☆親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。(6月19日)
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆『願成就』には、死後のことは説かれてない(3月25日)
 
 
『親鸞聖人の教えは、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008 6/25(水) 14:42

田中様

「親鸞聖人の教えは、死後のことは一切説かれていないというのが、チューリップ企画の主張だ」
短いメールに6回も狂ったように繰り返す今回の異常さ、何が貴方をこんなに血迷わせたのか。無実の非難はするほど、中傷者をキズつけることぐらいはお分かりでしょうに。

それよりも貴方を狂わせた原因を究明し、本来の目的である、正しい親鸞聖人の教えを明らかにしなければなりません。
この度も、当方の問いには一つも回答がありませんでしたので、重ねてお尋ね致します。

★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
大事なところは、みな「分かりません」でした。

それでは貴方が6月4日に、これらのことが分からずして、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』などと、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。

(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。

(4)『教行信証』には無いが(4月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。
どだい『教行信証』に無いものが『口伝抄』にあるはずないじゃありませんか。
それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。

◆貴方は、1月20日のメールで、こう言っておられます。
『阿弥陀仏が「信楽に生まれた人を、極楽に生まれさせる」と誓われているから、「信楽にさえ生まれれば、必然的に極楽に生まれられる」のです』
念のため、言っておきましょう。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月26日 (木)

2008 6/26(木) 00:10

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
>「親鸞聖人の教えは、死後のことは一切説かれていないというのが、チューリップ企画の主張だ」
>短いメールに6回も狂ったように繰り返す今回の異常さ、何が貴方をこんなに血迷わせたのか。
 
 
☆親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。(6月19日)
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
 
 これが証拠です。 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、(6月23日)
 
 
『「教行信証」にも、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。(6月23日)
 
 
『阿弥陀如来は、「死後の往生」に正覚を懸けていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/26(木) 14:46

田中様

「死後の往生を否定するチューリップ企画」良いフレーズを作られましたね。これしかないと、前回に6回、今回は4回、合わせて10回、よほどお気に入りのフレーズのようですから、精々心ゆくまでお楽しみ下さい。

それはお任せですが今回も、当方の問いには一言も反応がありませんでした。聞いているのは、貴方の発言に就いてのことばかりです。重ねてお尋ね致します。
★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。

それでは、これらのことを分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』などと、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。

(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったと言うことですか。

(4)『教行信証』には無いが(6月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総べてを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。

(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われています。
「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。
       
◆私は、貴方の質問には、「分からない」「知らない」という返答も含めて、必ず何らかの反応しています(H20.2.15)と、立派な表明をしていられる貴方ではありませんか。
6つの中の一つでも、回答を期待しています。

(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/26(木) 23:46

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 貴方は以下の質問に答えることができず、議論続行の意思は無いと意思表明されました。お忘れのようですので、何度でも引用いたします。
 
 
----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。(6月19日)
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
 
 
『親鸞聖人の教えは、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、(6月23日)
 
 
『「教行信証」にも、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。(6月23日)
 
 
『阿弥陀如来は、「死後の往生」に正覚を懸けていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年6月28日 (土)

2008 6/27(金) 15:00

田中様

前回で6つ、「貴方の質問」に答えるために当方が、「貴方の発言を確認」しているのに、「私の2つの質問に答えない」という口実一つを盾にして、今回も一つの返答も頂けませんでしたので、「貴方の質問に答える」ために、重ねて以下「貴方の発言」を確認し、お尋ねしたいと思います。

★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。

それでは、これらのことが分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』と、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。

(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。

(4)『教行信証』には無いが(6月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。

(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われていますが、「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。

(7)平成19年12月2日のメールで貴方は、
『私が、いつ(「若不生者」の「生」を)、「死後、極楽へ生まれることだけ」と断定しましたでしょうか?』
と言われていますが、断定されたことはありませんか。

(8)平成20年6月10日のメールで貴方は、
『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは「若不生者不取正覚」ではなく、「即得往生住不退転」であった』
と言われています。
では、親鸞聖人の不体失往生の教えの根拠は、「本願文」には無いのですか。

以上、八問1つでも答えて下さい。お待ちしています。

(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008 6/28(土) 00:32

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 今回の貴方のメールは、「自分の力では、2つの質問に答えることが出来ません」という意思表明ですね。
 
 答えが分かっているなら、私の意見を聞かずとも、答えることが出来るはずですから。

----------------------------------------------------------
★貴方が返答できなかった2つの質問(6月18日)
 
 
☆『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
 まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
 あるならば、その文章も挙げて下さい。
 
☆貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
 
 
>>もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
 
>> それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
 
 
(こんなことが分かられないようでは、「私は親鸞聖人の教えが全く分かりません」と、貴方自身が認められたことになり、今日までの貴方の主張は、一体何だったのかということになってしまいます。)
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。(6月19日)
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
 
 
『親鸞聖人の教えは、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆「本願成就文」には、死後のことは一切説かれていません。(3月9日)
 
☆「本願成就文」の教えはイコール「本願文」(6月19日)
 
 
 
『「本願文」には、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆『本願成就文』にも『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても、(6月23日)
 
 
『「教行信証」にも、死後のことは一切説かれていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
----------------------------------------------------------
★「死後の往生」を否定するチューリップ企画
 
 
☆不体失往生した人が、体失往生できないということは絶対にないのだから、不体失往生に阿弥陀如来は、「若不生者」と正覚を懸けられているのだよ、という親鸞聖人の教えです。(6月23日)
 
 
『阿弥陀如来は、「死後の往生」に正覚を懸けていない』
 
というのが、チューリップ企画の主張です。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008 6/28(土) 10:57

田中様

「貴方の質問」に答えるために当方が、幾たびも「貴方の発言を確認」しているのに、「私の2つの質問に答えない」からという口実一つを盾にして、無責任放言を残したままで幕引きしようとされるので、何度も答えてきたことですが、もう一度「貴方の2問」に答えておきましょう。

★『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか。
勿論、ある。
親鸞聖人のお言葉は、
信受本願 前念命終(即入正定聚之数)
即得往生 後念即生(即時入必定、又名必定菩薩也)
本願を信受するは、前念命終なり。(即ち正定聚の数に入る。)
即得往生は、後念即生なり。(即時に必定に入る。又必定の菩薩と名くる也)』

★貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか。
イコールでなければ「一実・円満の真教」と言われるはずがないじゃありませんか。
親鸞聖人のお言葉は、
『信受本願 前念命終(即入正定聚之数)
即得往生 後念即生(即時入必定、又名必定菩薩也)
本願を信受するは、前念命終なり。(即ち正定聚の数に入る。)
即得往生は、後念即生なり。(即時に必定に入る。又必定の菩薩と名くる也)』

理解できないところがなければ、貴方の口実はなくなります。以下の問いに答えて下さい。

★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。

それでは、これらのことが分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』と、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。

(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。

(4)『教行信証』には無いが(6月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。

(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われていますが、「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。

(7)平成19年12月2日のメールで貴方は、
『私が、いつ(「若不生者」の「生」を)、「死後、極楽へ生まれることだけ」と断定しましたでしょうか?』
と言われていますが、断定されたことはありませんか。

(8)平成20年6月10日のメールで貴方は、
『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは「若不生者不取正覚」ではなく、「即得往生住不退転」であった』
と言われています。
では、親鸞聖人の不体失往生の教えの根拠は、「本願文」には無いのですか。

(9)平成20年2月2日の貴方のメールに、『「信楽」は「どうして生まれるのか」、「なんの力で生まれるのか」、本願文には明示されておりません』と貴方は言われています。本当に、それらのことは説かれていないのですか。

以上、9つの中で1問でも答えて下さい。お待ちしています。

(株)チューリップ企画  サービス課  山田

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008 6/28(土) 20:40

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 
★ 貴方が「若不生者」の「生」を、「信楽に生まれる」と解釈されたことに、親鸞聖人の根拠が有るのか。無いのか。
 
 
 これ1つを、繰り返し、繰り返し、質問してきました。今回、この質問に対して、ようやく以下の返答を頂きました。
 
 
『信受本願 前念命終(即入正定聚之数)
即得往生 後念即生(即時入必定、又名必定菩薩也)
 
 
 この返答で、貴方の主張には、結局、根拠が無いことが、明白になりました。
 
----------------------------------------------------------
 
★「本願を信受する」とは、「本願に疑いが晴れる」ということです。
 
 
 尊号真像銘文には、以下のように記述されています。
 
『信楽というは、如来の本願、真実にましますを、ふたごころなくふかく信じてうたがわざれば、信楽ともうすなり。この至心信楽は、すなわち十方の衆生をしてわが真実なる誓願を信楽すべしとすすめたまえる御ちかいの至心信楽なり。』
 
 
 つまり、「本願を信受する」=「至心信楽をえる」ということです。
 
 貴方の根拠は、「至心信楽をえる」と同時に「即得往生」するということが書かれているだけで、「若不生者」については触れられていません。
 
 
 さらに、尊号真像銘文は、以下のように続きます。
 
『「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、至心信楽をえたるひと、わが浄土にもしうまれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。』
 

 
 至心信楽をえた人、イコール「即得往生」した人が、死んで極楽浄土に生まれるのが、「若不生者」の「生」だと断定されています。
 
 当然、「即得往生」=「若不生者」は成り立ちません。
 
 
 貴方が主張するように、「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになり、上記の親鸞聖人の記述は間違いということになります。
 
 
 つまり、貴方の提示された根拠では、「若不生者」の「生」を、「信楽に生まれる」と解釈することは出来ません。
 
----------------------------------------------------------
 
>「貴方の質問に答える」ために、重ねて以下「貴方の発言」を確認し、お尋ねしたいと思います。
 
 
 該当の質問に答えなくても、私からの質問に答えることが出来ましたね。
 何のための確認だったのでしょうか。
 いずれにしましても、これで返答する必要が無くなりました。
 
----------------------------------------------------------
 
 とりあえず、貴社がビデオを製作した際の、聖教の根拠については、明確な返答を頂きました。
 
 一応、私の目的は達せられた訳です。ありがとうございました。
 
 なぜ、最初の返信で、このように明示して頂けなかったのか疑問ですが、今更そのようなことを言っても仕方の無いことですから、問題にはしません。
 
 貴社の提示された根拠について、私の意見は、上記のように述べましたので、あとは読まれた皆さんが判断されることでしょう。
 
 ここまで読んで下さった読者の皆さんにも御礼申し上げます。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月30日 (月)

2008 6/29(日) 21:42

田中様

『「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか』
たび重ねての貴方の問いに、
本願を信受するは、前念命終なり。即得往生は、後念即生なり』(愚禿抄)
の私の回答に、「結局、根拠が無いことが明白になった」と貴方は仰った。

理由は、
『「至心信楽をえる」と同時に「即得往生」するということが書かれているだけで、「若不生者」については触れられていません』と言うものでした。
『「至心信楽をえる」と同時に「即得往生」する』は自明のこと。今、問われているのは、そんなことではないのです。
『「前念命終」させ「後念即生」させる、「信楽をえさせ」「即得往生」「不体失往生させる」のは、何方の、どんなお力か」「若不生者不取正覚」との関係は、有るのか無いのか』が問われているのです。幕引きを急いで大切な問題をウヤムヤにしてはなりません。

貴方は、平成20年2月2日のメールで、『「信楽」は「どうして生まれるのか」、「なんの力で生まれるのか」、「本願文」には明示されておりません』
と言われています。
「本願文に明示されていない」と言うことは、弥陀が説かれていないと言うことですか。弥陀が説かれてないことを、釈迦は説かれたのですか。

「本願の疑い」を晴らす力は、なんですか。貴方は「本願」には無いと言われる。誓われていながら「誓っていること」を「果たす力が説かれていない」とすれば、そんな「本願」を、なぜ「無上殊勝の願」とか「攝取不捨の真言」とか「超世希有の正法」と言われるのでしょうか。

ヤレヤレ「これで貴方の質問に答える必要がなくなった」と仰っていますが、無責任な放言を撒き散らし「答えにならない」ことを言い放って、「私の目的は達せられたから、ありがとうございました」とはいきません。貴方の発言に就いてまだ正式な回答を頂いていません。以下、あらためてお尋ね致します。

★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。

それでは、これらのことが分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』と、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。

(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。

(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。

(4)『教行信証』には無いが(4月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。

(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。

(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われていますが、「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。

(7)平成19年12月2日のメールで貴方は、
『私が、いつ(「若不生者」の「生」を)、「死後、極楽へ生まれることだけ」
と断定しましたでしょうか?』
と言われていますが、断定されたことはありませんか。

(8)平成20年6月10日のメールで貴方は、
『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは「若不生者不取正覚」ではなく、「即得往生住不退転」であった』
と言われています。
では、親鸞聖人の不体失往生の教えの根拠は、「本願文」には無いのですか。

明快な回答、お待ちしています。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年7月 1日 (火)

2008 7/1(火) 23:19

(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
 
 
 
 失礼ですが、前回のメールを本当に読まれたのでしょうか?
 
 貴社のビデオについての私の質問に、貴方はようやくお答えになられました。
 
 貴方の提示された根拠について、私の意見も、述べさせて頂きました。
 
 あとは、読まれた方が、判断されたら良いことです。
 
 
 
 貴方が作成されたサイトにも、『どちらの主張が親鸞聖人の教えに適っているかは、読まれた皆さんの御判断にお任せしたいと思います。』と書かれているではありませんか。
 
 それで、何か不都合があるのでしょうか?
 
 まだ、書き足りないことがあるのですか?
 
 60通以上もメールを書かれながら、まだ書き足りないことがあるとすれば、貴方の文章力に問題があります。
 
 
 
★今回いただいたメールでも、貴方の提示された根拠が「若不生者」を解説されたものではない、とお認めになられましたね。
 
 つまり、根拠は無かったと、お認めになったということです。
 
 
 
『「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、至心信楽をえたるひと、わが浄土にもしうまれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。』
 

 
 貴方は、「至心信楽をえる」と同時に「即得往生」することも、お認めになられました。
 
 親鸞聖人は、上記のように、至心信楽をえた人(即得往生した人)が、死んで極楽往生するのが「若不生者」だと断定されています。
 
★つまり、「即得往生」と「若不生者」はイコールでないことも、お認めになったということです。
 
★「本願文」は、「本願成就文」とイコールであり、死後のことは一切説かれていないという貴方の主張が、いかに間違っているか、この親鸞聖人の記述からも明白です。
 
 
 
 信楽をえさせるのは、何方のどんなお力かとお尋ねですが、阿弥陀仏の調熟・破闇光明の働きです。
 
 この程度のことも、ご存知ないのでしょうか?
 
 本題と関係ないことを、質問しないで頂きたく思います。
 
 
 
 貴方に無視された質問が、数十ありましたが、それは結構です。
 
 前にも書きましたが、これ以上お付き合いしている時間がありませんので、申し訳ありませんが、今後、私へのメール送信を、一切お断りします。
 
 このメールに対する返信も、要りません。
 
★良識ある一企業として、メールを拒否している人間に、メールを送りつけるような、違法かつ非常識なことをされぬよう、くれぐれも、お願い申し上げます。
 
 
 
 なお、過去のやりとりにおいて、一部、貴社に対して非礼な表現があったかも知れませんが、その点につきましては、最後の最後になりましたが、お詫び申し上げたいと思います。
 
 
 
田中一憲

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年7月 2日 (水)

2008 7/2(水) 22:43

 貴社が、最低限の常識のある会社であれば、メールを明確にお断りした相手に、さらにメールを送りつけるようなことは、絶対にされないと思いますが、念のために、前回のメール送信後に、貴社からのメールを受信拒否設定したことを、お伝えしておきます。
 
田中一憲

| | コメント (71) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

2008 7/6(日) 23:40

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様
 
 
 知人に言われて、貴社の作成した法論サイトを拝見いたしましたが、2点、要望を申し上げます。
 
 
(1)
 
 既にメールでお伝えしたように、貴社からのメールは受信拒否設定していますので、7月1日以降は一切メールボックスに届いておりません。私に届いていないのに、私に届いているかのように誤認される書き方は、やめて頂きたい。
 
 
(2)
 
 法論は双方の合意の上で、意見を出し合う場であって、これについては終了しております。議論としては終わっているのに、貴方が無制限に自説を書き加えることが出来るとすれば、「読まれた皆さんの御判断にお任せする」のに、アンフェアだと思います。
 
 貴方が今後も、法論の内容について御意見を発表されるのは一向に構いませんが、「法論」と「意見発表」を区別するために別サイトとし、リンクを貼って案内するなどの方法を取るよう、要望いたします。
 
 
 なお、当メールに対する返信は必要ありません。(返信されても届きません)
 
 
 
田中一憲

| | コメント (34) | トラックバック (0)

«2008 7/2(水) 22:43